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「経費は遊学の母なり」(『中国人日本留学生史研究の現段階』御茶の水書房、2002年)
【要約】
本稿は清末期から1930年代までの中国留学生の日本留学経費と学費・生活費等はどのようなもので
あったのかを各種の留学案内書や日本の官庁(外務省、内務省、警視庁など)の調査報告、
日華学会等の留学生関連団体の調査統計などを手がかりに論じるものである。
従来の中国留学生史研究の大きな流れは、(1)清末期の留学生を中心とした留学政策史や革命史
(辛亥革命と中国留学生の関連など)研究を中心にしたもの、
(2)異文化交流、または日・中文化交流の側面を強調するものが中心であった、と整理できよう。
この二つの流れを仮にそれぞれ政治史と文化史からの接近と名づけるのであれば、
恐らく経済史(例えば、留学経費と生活費などをめぐる諸問題)と
社会史(中国留学生の日本での活動や帰国後の活動等など)からの
中国留学生史研究はまだまだ多くの課題が残されているように思われる。
本稿は以上のような問題関心から出発し、清末から民国初期、そして対支文化事業が
実行された1930年代にいたるまでの留日学生の留学経費と
日本側(外務省、文部省、警視庁、日華学会等)が実施した生活実態調査に見られる諸問題について
触れてみることにしたい。また、最後に1923年から実施される対支文化事業の過程で活発になった
留日学生の「生活調査」が1931年の満州事変をきっかけに「思想調査」へと変質されて行く
過程についても触れてみたい。本稿が利用した外務省外交資料館の資料は、
『留学生学費之部』(請求番号:3−10−5−3−5)、
『在本邦留学生関係雑件』(請求番号:H−5−0−0−1)、
『在本邦留学生調査関係雑件』(請求番号:H−7−1−0−12)など。
「戦前中国における日本・日本語研究に関する資料報告」(神奈川大学『言語研究』第25号、2002年)
【要約】
本稿は2002年−2003年神奈川大学言語センターの共同研究「中国における日本・日本語研究に関する
基礎的文献調査−1930年代の日本語学習ブームを中心に」による研究成果の一部である。
近年、アジア史と歴史社会学の分野で、帝国日本の言語・国語政策が植民地「台湾」、「朝鮮」などで
どのような経緯を辿って形成されたのか、をめぐって活発な研究成果が公開されつづある。
その代表的な著作が近代日本の国民国家の形成を「日本語」と「国語」という言語編制の観点から
分析しようとする安田敏郎氏『帝国日本の言語編制』(世織書房、1997年)であろう。
しかし、これらの一連の先行研究が分析の対象にしているのは植民地台湾と朝鮮と
1941年以降の「大東亜共栄圏」を対象にしたもので、中国大陸でどのような言語政策が
とられたのかなどについて充分な資料調査は行われずにいる。
本稿では、先行研究では本格的に使用されることの少なかった外務省外交史料館所蔵資料のなかの
国語・日本語関連資料の「本邦国語関係雑件・支那人の日本語及び日本事情研究状況調査」(請求番号I-13-0-11)、
「中国満州における日本語研究」、「上海の日本語学校調査」(H-7-1-0-6)などについて触れている。
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