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「1920年代の中国における無線電信・ラジオ講演会」(『アジア遊学』第54号、勉誠出版、2003年)
【要約】
本稿は中国におけるラジオが一般の中国人に普及される前にアメリカ人のロバートソンとゴーウェンが中国各地を巡回しながら行った講演会の活動を紹介したものである。、ローバートソンとゴーウェンに関する記述は、C.H. Robertson, 10,000Mile of Radio Lecture in China, Radio Broadcast, 1923と Robert F. Gowen, Teaching the Chinese Radio, Radio Broadcast, 1923を参考に整理した。これらの記事によればロバートソンは27ヶ所の都市を訪問し、その旅程は13000マイルに及び、講演会に参加した聴衆は合計18万名以上であったという。
「漢口の都市発展と日本租界」(神奈川大学『人文研究−特集 戦前中国における日本租界の研究』、2003年)
【要約】
1980年代の改革開放以降の中国都市史研究の中心は上海を主な舞台にするもので
あった。その刮目すべき研究成果は、唐振常主編『上海史』(上海人民出版社、198
9年)、湯志均主編『近代上海大事記』(上海辞書出版社、1989年)、張中礼主編
『近代上海城市研究』(上海人民出版社、1990年)、熊月之主編『上海通史』(全
15巻、上海人民出版社、1999年)等として続々と刊行された。
このような中国側の研究に刺激される形で日本でも「国際都市」上海を中心テーマに
した多くの研究成果が発表された。例えば、日本上海史研究会のメンバーが中心に
なった『上海史』(東方書店、1995年)、『上海人物誌』(東方書店、1997年)、『上
海−重層するネットワーク』(汲古書院、2000年)、『日本僑民在上海』(上海辞書
出版社、2000年)などは、日本側で刊行された一連の研究成果である。
このような中国都市史研究の活発な動きは、上海に限られたものではない。例えば、
天津社会科学院歴史研究所・天津市城市科学研究会編『城市史研究』は、天津
史に関する論文は勿論、中国の都市史研究に関する優れた研究成果を紹介している
。また、日本側でも天津地域史研究会『天津史』(東方書店、1999年)、吉澤誠
一郎『天津の近代』(名古屋大学出版会、2002年)などが刊行された。
このような上海と天津を取り上げた都市史研究が活気を呈する背景には、近年の沿岸
都市を中心とした中国経済の急速な発展とそれに伴う都市の歴史に対する関心の強さ、
沿岸都市を目指す国内の余剰労働力の移動と彼等が引き起こす都市問題(労働力
過剰、失業、就業など)への対応が必要であるなどの様々な理由が考えられよう。また、
最近は、西部大開発計画の推進によって重慶を中心とした中国内陸部の都市研究が
活発になっているという話も聞く。
本稿はこのような近年の中国都市史研究の活発な研究成果を念頭に入れながら、中
国大陸のほぼ中央に位置し、内陸水運の中心としての機能を担ってきた漢口を取り上げ、
その都市発展の歴史の概略を整理しながら、日本租界との関連を検討していくことにしたい。
古くから九省の要衝、天下の四大鎮の一つとして数えられた都市漢口の地政学な位置の
重要さは、19世紀中ごろから21世紀を迎えたいま現在まで変わらない。伝統的な中国社
会のなかで内陸水運の中心と繁盛した漢口は、アヘン戦争に続く天津条約により欧米諸
国に開放され始め、本格的な都市発展を経験することになる。とくに、最初に設定されたイ
ギリス租界を中心とする漢口の都市発展は、1906年の京漢(北京と漢口)鉄道の開通を
もって飛躍的に発展する。
中国の南北を結ぶ水運と鉄道交通の要衝地である漢口は、欧米の人々からは東方のシ
カゴと呼称され、その発展が見込まれた。この漢口に日本の専管租界が設定されるのは1
898年のことで、以降、日本租界が中国側に返還される1943年1月まで約50年間に渡り、
漢口には日本租界が設定されていた。果たして、漢口の都市発展の歴史と日本租界はど
のような関係をもっていたのだろうか。また、中国大陸での利権争奪戦に遅れて参加した日
本は、漢口の日本租界経営においてどのような困難にぶつかるのだろうか。
「米国国立公文書館(NARA)の資料調査報告−戦争捕虜関係(Prisoner of War、POW)文書について」
(『界隈』島根県立大学メディアセンター報、2003年)
2002年8月に米国のメリーランド州の国立公文書館(The National Archives and Records Administration、以下NARA)を訪れる機会に恵まれた。
今回の資料調査の目的は、NARAとメリーランド州立大学(Library of American BroadcastingとNational Public Broadcasting Archives)
が所蔵するアジアのラジオ放送史関連資料を調べることと、以前から所蔵を確認していた第二次世界大戦期間中の戦争捕虜に関連する文書の
所蔵状況について基本的な理解を得ることであった。
筆者が戦争捕虜問題に関する文書に興味を持つ経緯について若干、説明しておきたい。
平成14年度、日本学術振興会科学研究補助金「不平等条約体制下の在華外国人問題の法的措置に関する国際共同研究−中国の都市と法」
(代表:貴志俊彦、基盤C/1)に参加するなかで、筆者は上海の租界を中心とした領事裁判権に関する資料の所蔵状況を報告し、
中国の諸都市やアジア諸国の居留地・租界においての裁判関係資料について意見交換する機会を得ることができた。(中略)
本調査報告はNARAが所蔵するRecord Group 389, Record of the Office of the Provost Marshall General(OPMG)、
1941〜と日本の日本外務省外交史料館が所蔵する「大東亜戦争関係一件・帝国権下敵国人関係・在満支敵国人関係」
(分類番号A-7-0-0-9-11-2-2)は、1942〜1945年までの中国大陸における日本側の戦争捕虜に対する処遇について
『敵国人取扱概況』(1942年2月)、『執務週報』(敵国人の集団生活所)について簡単な紹介を述べている。
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