|
|
プランゲ文庫と戦後の空白―華僑発行の雑誌について
(神奈川大学『図書館だより』第125号、4−5頁)
【部分】
戦後の日本国内では様々な理由で日本に滞在していた朝鮮と台湾の人々によって多くの新聞や雑誌が発行された。
小林聡明『在日朝鮮人のメディア空間―GHQ占領期における新聞発行と其のダイナミズム』(風響社、2007年)によれば、
敗戦後の日本で朝鮮人によって編纂された出版物は新聞100タイトル以上、雑誌20タイトル以上を数えるという。ところが、
日本に滞在していた華僑たちも、自国の国民に対する文化や教育方面における情報不足を補うために日本語や中国語などによる様々な雑誌を出版した。
戦前の上海と日本人の印刷業―鹿内勣氏の自分史が語るもの
(神奈川大学『人文学研究所報』第41号、2008年3月、109−122頁)
【部分】
そこで、今回は、戦前の上海における日本人が経営した印刷業の活動について記した鹿内勣氏の自分史「私の歩んだ道―人生80年の運、鈍、根」
を紹介することにしたい。鹿内氏の自分史は、中国における日本の戦争が拡大されるにつれて、軍人の最たる楽しみの一つである
煙草の包装印刷の仕事が増加し、日中戦争、そして、太平洋戦争へと共に海南島への印刷工場の進出が計画される様子を窺うことができる。
|